②夫婦の夢だったカレー弁当屋を開業するまでの道のり~今の食生活との出会い、ローンの残っていたマンションを手放してから移住の決断まで、移住した矢先のstage4の悪性リンパ腫の発覚、夢を叶えた開業~
このブログは私たちの夢を叶えるまでの道のりを書いており、1回目の前回はKUMAちゃんのカレー弁当のコンセプトが生まれるきっかけとなった出来事を書きました。
2回目の今回はここ無くして今は無いと言える位の大きな決断をしたお話しです。
☆ローンの残っていたマンションの売却と同居していた夫の母との別居
今から約15年前に夫は69歳まで、私は62歳まで払い続ける35年ローンで新築マンションを購入しました。そしてマンション購入と同時に夫の母との同居を始めました。
・同居の難しさを実感

同居を始める前はそれなりに仲の良い関係でしたが、一緒に住むと様々な価値観の違いが出てきました。
朝の起きる時間、キッチンの使い方や使う時間、帰宅時間、お風呂に入る時間、就寝時間、休みの日の過ごし方など違う事がいっぱいでした。私達親子があまりにも違いすぎたのかもしれませんが、この様に書き出してみるとほぼ全てですね*1
三者三様の意見があり、沢山ぶつかり合いました!母と私、母と夫、夫と私がぶつかる事も。
ぶつかり合いの先には、なるべく接点を持たないようにしようとする様になりました。
そんな事を繰り返しながら同居生活を続けて13年。
・別居

同居生活13年目にしてやっと、このまま一緒に住むのはお互いに良い事はないし難しいと思い、母に別々に住もうと相談すると母も承諾してくれました。
13年経つ前にも何度か考えた事はありましたが、引越し、お金、ローン、世間体色々な事を考えると動けず、やっと決断した事でした。
私たちは新築マンションから団地へ。
母も同じ団地の別の棟へ。
別居をした事で母とは関係の修復ができて一緒にご飯を食べたり、出かけたりするようになりました。
ことわざにある”スープの冷めない距離”とは本当にちょうど良い距離なんだなと思いました。
・ローンの残っているマンションの売却を始めた途端のコロナ!

別居と同時にすすめたのがマンションの売却です。
ローンローンで一生懸命働くのはもうやめたいな、とずっと思ってはいましたが、いざ手放すとなると13年間頑張って払ってきたので少し惜しい気持ちになりました。
でも売るしかないので手続きをして売りに出した所、10月に掲載して翌年の2月頭には買い手が見つかり、ほっと一安心。
と!安心したのもつかの間で日本でコロナがまん延し始めたのです。
2020年の2月です。
不動産売買では”買います!”と言ってから1か月間はキャンセルができるようで、コロナが初めて日本に来て今以上に不安と恐怖で、移動や人との接触を避ける人が多くなり始めている時だったので、もしかしたらキャンセルになってしまうかも…と不安で仕方なかったです。
キャンセルになればローンと家賃のダブル出費がまだ続いてしまう!と思っていましたが、ありがたい事に無事に購入して頂けました。
沢山の不動産屋さんが来てくれる為どこに頼んで良いかわからなかったので、直観で”この人にお願いしたい”という方にお願いをした所、スムーズに売却ができたので良かったです。
働きながらのマンション売却と2件分の引越し!!13年動けなかったのに、動き始めたらあっという間でした。
・母は。

私達は団地には約1年半住み、そして高知に移住してきました。
夫は母に、高知に一緒に!!と声をかけましたが母は行かないという決断をし、今でも団地で暮らしています。
まったく1人だったら母を残したまま移住は難しかったかもしれないと思いますが、今は夫の兄夫婦が同市内に住んでいます。
同居をした事はマイナスな面ばかりではなく、自分の成長にも繋がり良い経験だったと思っています。そしてマンション売却もこの先する事は無いと思うので、一生に一度の良い経験でした。
今のここまで来るのに、関わってもらった数え切れない位の人達に助けられてきたと思っています。もちろん、高知に来てからも含めて。
感謝の気持ちでいっぱいです!!
今回はこの辺りで終わりにしたいと思います。
読んで頂いてありがとうございました(*^^*)
次回も是非読んで頂けたら嬉しいです(*^^*)
*1:+_+
夫婦の夢だったカレー弁当屋を開業するまでの道のり~今の食生活との出会い、ローンの残っていたマンションを手放してから移住の決断まで、移住した矢先のstage4の悪性リンパ腫の発覚、夢を叶えた開業~
私達は令和4年2月、高知県黒潮町に素材にこだわったカレー弁当屋をオープンしました。夫婦でお店を営むという長年の夢を、東京から移住して高知県で叶える事ができました。

ここまで来るには沢山の良い事もありましたし、沢山の苦悩もありました。沢山の勇気も必要でした。
この経験をブログに書く事で、今悩んでいる人や前向きに何かを計画している人達の役に立てたら嬉しいと思っています。
全てを一度でお伝えするのは難しい為、少しづつ書いていくので、お付き合い頂けたら幸いです。
☆こだわりの食生活になったはじまり*1
私達は無添加、グルテンフリーの他にも、塩は完全天日塩を使用し砂糖は摂取せず、甘みははちみつで補ったりとその他にも、調味料や食材に気を付けています。
しかし、ずっと前からこの様な食生活をしていたわけではなく、始めたのは約4年前位です。
東京都八王子出身の夫は現在49歳、私は神奈川県川崎出身の42歳、子供はいない夫婦です。
1年前に高知県に移住してくるまでは夫の出身地である八王子に在住していました。
・体調不良
今から約15年前、溶接の仕事をしていた夫は皮膚のただれ、かゆみの疾患の症状がでてきて、その症状は全身の皮膚の柔らかい部分全てに出てきてしまい、かゆみは24時間365日と言ってよい位ひどい症状でした。
皮膚科に行って、飲み薬、塗り薬を処方されても夫の症状には効果が無く、アレルギーを調べてもほうれん草やマグロといったもので、私たちが日常で口にしているものはほとんどありませんでした。
またその1~2年後には運悪く、生ものに当たってしまい、入院をしたのです。
そしてその食中毒がきっかけとなり、毎日と言って良いほどお腹を壊す日々が続きました。
外に行けばトイレの心配があるので外食も消極的になり、外出外食の際は整腸剤等が無ければ不安で出られない程でした。
この頃には夫は転職して運送会社の配達員をしていましたが、朝は早く、夜は遅く、お腹の調子も悪く、皮膚の状態も最悪と負のスパイラルで心身ともにボロボロでした。
・運命を変える1本の電話

そんな生活をしていたある日、1本の電話がありました。
10年以上連絡がとれなかった夫の友人からでした。ここが大きな転機でした。
そして友人と会う事になりました。
久しぶりに会った友人は、当時私達は聞いた事がなかった”ファスティング”という話しを聞かせてくれたのですが、久しぶりに会った友人のこの話しは怪しすぎる!と最初は思って話しを聞いていました。(今思えばなんと失礼なと反省です)
しかしその後、ファスティングの事を調べているうちに、健康維持に効果のある食生活に関連する情報がどんどんと入ってくる様になり興味が沸いてきたのです。
そして食生活改善をやろう!という決めては”皇帝塩”という塩を購入した時に付録で付いてきた2冊の添加物と塩の本でした。
これを読んで、即決断しました。私たちの夫婦の価値観には添加物が恐ろしいと思えました。
そして気になっていたグルテンフリーも同時に試みてみる事にしました。
(パン星人と言われる位パンが好きな夫なので)
・辛かった症状の改善

食生活改善を始めてお腹の調子はすぐに良くなり、お腹を壊すことが無くなりました。
肌も良い方向に向かっている事がわかりました。
約1年後には何年も苦しんでいた皮膚のただれはすっかり良くなりました。
私にも変化は現れました。
便秘をしなくなり、10代から悩んでいた吹き出物が出なくなりました。
私達にはこの食生活改善が合っていた様です。
これだけの結果が出た為、私たちは現在の食生活を続ける事を決めました。
・追い込みすぎは逆に不健康

ただこの生活で何よりも困った事が、外出をした時に気軽に食べられる物を見つけるのが大変になったのです。
朝家を出てから夜の帰宅まで何も食べない事もありました。
これは正直、苦痛で、楽しくないし、辛いだけだったので、自分たちのルールを少し緩める事にしました。
今この世の中はおいしい食べ物が溢れているし、味も知ってしまっているので
全てがダメ!では無く何を食べたかを把握する事が大切だと思っています。
なので私たちは、たまには外食もしますし、パンも食べますし、麺類も、甘いものを食べる事もあります。
そして、自分たちの食生活のルール外の物を食べた後は調整をしています。
無理をしていた時はお世話になっていた方に”健康のための不健康にならないように”と言われていました。
確かに食生活も大切ですが、心の安定も大切だと思っています。食生活だけでは健康の維持は難しいと、後々気が付く事になります。
この事についてはまた別の時に書きたいと思います。
それにしてもこの方は何か未来が見えていたのか…と思う事があります。
移住した今でも気にかけて応援してくれています。
私たちの今の食生活が始まったいきさつについては以上となります。
・素材にこだわったカレー弁当の誕生

そして今、できる限りのこだわりを持って、多くの方に安心して召し上がって頂ける食事を提供したい!というコンセプトのカレー弁当屋を営んでいます。
なぜカレーなのかは、単純にカレーが好き!という理由です(笑)
ここまでの拙い文章を読んで頂きありがとうございました。
ここまでの人生の道のりはほどほどに波乱万丈であったと自分では思っています。
今後も少しづつ語っていこうと思っておりますので、また宜しくお願い致します。
*1:ここ無くしては今はなかった
